過ぎし日の煙

自己満足のホームワークです

「外でしたいこと」ⅱ

今週のお題「外でしたいこと」

 

 

 僕はただ家に帰りたいだけだ。雨の中、途方に暮れる。

 

 深夜、およそ3時頃だろうか。なかなか寝付けず、外に出ることにした。普段はあまり吸わないけれど、こんなときは無性に煙草が恋しくなる。ついでにコンビニで適当につまむものを買って、適当な場所で一服して家に帰る。眠れない夜は決まってこれをする、というわけではなかったが、別にこれが初めて、というわけでもない。だが、家に帰れなくなったのは今日が初めてだった。

 コンビニに行ったところまでは順調だった。というか、この時点では気づいていなかった、が正しいのかもしれない。20本入りの煙草を1箱、しかも変な気が差していつもは買わないソフトで。あとはのり塩のポテトチップスと、レジ前の誘惑に負けてからあげまで買ってしまった。お酒も買おうと一通り物色したが、手を伸ばしかけたところで「この時間の酒は太るんじゃ」と思って、やめた。理性があるのか、ないのか。理性というよりは悪あがきに近い。

 煙草とポテチとからあげの入ったレジ袋を下げて、コンビニを出る。夜中のコンビニ。街頭に照らされる雨粒。嫌いじゃない。ご機嫌な足取りで、公園に入る。ここには、いつの間にか共有にされているらしい吸い殻入れが置いてある。このご時世で、とは思うものの、軽く見渡しただけでは気づかないような、隅っこに追いやられているところをみると、多少は時代に沿っているのか。深夜ともなると、遊んでいる子どもたちどころか人通りも少ない。煙草を吸う肩身の狭さが、軽減されるような気がする。その点でも夜は良い。

 さて、ここらで一服、とポケットに手をかけてあることに気づく。ライターがない。そうか、あまり考えずに家を出たから忘れたのか。しまったなあ、せめてコンビニで気づいていれば。コンビニに戻るか。家に戻るか。選択を迫られる。僕はいま、コンビニと家の中間あたりに位置する公園にいる。僕の家には、過去にも同じようなうっかりで買ってしまったライターが何個もあることを考えると、家に戻る方が得策な気がする。だが、煙草を吸いに外に出て、ライターを取りに一度家に戻ってからまた外に出るのは億劫だし、なによりマヌケすぎる。とはいえ、ライターを買いにコンビニまで戻るのもなあ、と半ばどうでもよくなりながらもう一度ポケットを探る。やはり、スマホ以外入っていなかった。だよなあ。少し迷って、深夜の一服を諦めて家に帰ることにした。まあ、小腹を満たすものはゲットできたことだし、とできるだけ前向きに雨の中を進む。

 

 待てよ。

 スマホ以外入っていない?

 

 僕のポケットには今、スマホ以外何も入っていない。ライターもない。家の鍵も、無論、ない。

 

 思い返すと、鍵を閉めた記憶がない。記憶がないだけで、実は無意識でやってたかもしれない、が、それは願望に等しく、現に今、いつも入れているポケットに家の鍵は入っていない。鍵を閉めずに外出するなんて不用心だなあ、アハハ。で済めばよかったのだが、僕の家はもう一つ鍵を使う場所がある。エントランスである。つまり僕は、オートロックのエントランスの自動ドアを開ける術がない。そんなわけで、割と焦っているし、狼狽えている。深夜、雨、と抜群に人通りの少ない状況で、傘とスマホと煙草(ライターはない)とポテチ、からあげを持って突っ立つことしかできない。

 みじめだ。家に戻ってはまた出て、ができないので、マヌケどころの話ではなくなってしまった。煙草を吸いに外に出て、煙草が吸えずに、家にも帰れなくなっている。僕はしばらくその場で固まっていたが、「せめてライターだけでも」と一度コンビニの方へ身体を向けて、「でもその間に誰かがエントランスを通りかかるかも」と、さらに180度身体を回転させた。腹が立つ、ということはなかった。どちらかというと落ち込んでいた。腹は立たないし、そこまで空いてもいなかったが、他にすることがないので、レジ袋からからあげを取り出す。外で歩きながら食べるコンビニフード、おいしいよね、となんとか自分を慰める、自分。管理会社に連絡がつながる時間と、エントランスに人が出入りするような時間、どちらが早いだろうか、とからあげをモシャモシャ食べながら考える。

 ああ、はやく家に帰りたい。からあげは人肌ほどにぬるくなっていた。