「上半期ふりかえり」ⅱ
今週のお題「上半期ふりかえり」
「上半期」
1月にイチかバチかで 新卒の会社を去った
メラメラメラメラメラ ルンタッタ
メラメラメラ ルンタッタ
2月には覚悟を決めて
3月はほころびばかり
フラクマムチャムダ ア・ツライナ
フラムチャムダ アガイタ
4月は遠慮がちに生きて
5月には飯食って寝た
フラフラフラフラデ クヤンダ
グダグダグダ マンザラ
6月は働きもせず
7月はまだ不安だし
ユラユラリノラ ノラリクラリ
ユラユラリ ノラリクラリ
友だちよ これがわたしの
上半期ふりかえりです
つーかあーだこーだゆーて 気が済んだ
ケセラセラ 愉快だ
了
大感謝:『一週間』ボニージャックス(ロシア民謡)
ただの替え歌なのに2時間くらいかかりました
上半期思い出すのツラツラツラでした
「上半期ふりかえり」ⅰ
今週のお題「上半期ふりかえり」
激動の6ヶ月だった。
2023年に中華街で運勢を占ってもらったときに、2024年はあまり運勢がよろしくないのがわかっていたので、戦々恐々と今年を迎えたのだが、本当に激動だった。
激動といっても、みる人がみれば本当に些細で、大したことはないのだろうが、ともかく私にとっては激動の6ヶ月だったのである。
たとえば、1年前の私は半年前の私をある程度予想できていた。
1年半前の私は、1年前の私をある程度は予想できていただろう。
しかし、半年前の私は、今の私をまったく想像できていなかった。
それくらい、レールを逸れてしまったな、という感覚がある。
私はいまだに紙の手帳を使っている。
かれこれ10年分は保管しているし、今年からは5年手帳も始めた。
今回の2024年の手帳は、去年に比べると時期によって毛色が違ってなかなかおもしろい。
正直、転職してから休職するまでの2ヶ月のページをみると動悸がするし、苦しくなる。
でも、やっぱり自分の軌跡だから、やっぱり目を通してしまう。
ただ、この上半期が6ヶ月であることに驚く。
この6ヶ月がたったの6ヶ月??
あっという間といえばあっという間だけど、半年で人生は大きく変わる。
つくづく思っていることがある。
私にとって半年はもう何度も繰り返している期間である。
6ヶ月/人生、まあ、大したことない。
でも、4歳の子にとって半年とは、人生の1/8。
半年前に生まれた子は、人生のすべて。
人生が6ヶ月の人にとって、上半期の6ヶ月は、人生を語ることに等しい。
こうやって、半年や1年の感覚がどんどん軽くなっていって、「ついこの間」と、2年前の出来事を語るようになるのだな、と痛感する。
体感で言うと人生の折り返し地点はおよそ18歳頃と言われている。
たしかに、18歳までの1年と、近年の1年は、過ぎ去る体感時間がまったく違う。
怖いなあ。
この上半期も、よくある半年の一つになってしまうのだろうか。
まあ、良いことも悪いこともあったし、でもちょっとイヤなことの割合が多かったので、「当時はつらかったけど、今となっては笑い話だよー」となっていればそれはそれで良いのだけど。
現時点では、人生の折り返しは今なのではないかと思っている。
半分という意味ではなく、レールの分岐点を迎えた、という意味で。
自分のことをもっと知って、自分にできること、自分がやりたいこと、自分が求められていること、自分に必要なこと。
もっともっと自分の道を自分で決めたい。
やりたいことがたくさん出てきた。
できなくても、やれなくても、「やりたい」と思えることは常に抱いていたいと思う。
野望のある人間でいたい。
つらいこともあると思う。
でも、「自分がやりたくて自分で選んだ道だから」と強くあれるように。
決意を新たに下半期を生きたい。
こんなことを言ってはなんだけど、私の人生にあと何回半年が訪れるか、誰もわからない。
もしかすると、この上半期は最後の半年だったかもしれない。
下半期を満足に過ごせないかもしれない。
誰もわからない。
誰もわからないからこそ、精一杯見えないゴールに向かって生きたいと思う。
そして逝くときに、「いっぱいやり残したことがあったなあ」と思いたい。
私は泥臭い、人間臭い女でありたい。
来る下半期。
どうなることやらだけど、今私の想像している通りになっているだろうか。
楽しみだ。
また、半年後に会いましょう。
半年後の私へ。
「私の〇〇ランキング」ⅱ
今週のお題「私の〇〇ランキング」
マイクテス マイクテス
本日は晴天なり 本日は晴天なり
私のハンラン
ハトが鉄砲玉を喰らったように的を射ない感謝
今に始まったことではない
駒は大人しく従うとでも思っている
今に始まったことではない
背を向ける時だ
ゴングが鳴り、私は成る
従わせる駒と従う駒
あんたが望んだものを拒んだ
さようなら またいつか
私のハンラン
ハトがシャボン玉を喰らったように的を射ない傍観者
今に始まったことではない
ずっと蔓続けていたではないか
今に始まったことではない
私は決壊した
溢れ出る土砂と出回る吐瀉
交わらないように結界を今夜
さようなら またいつか
ランニング・ウォーキング
走ったり 歩いたり
息を切らしては這いつくばったり
なにかを得られただろうか
的を得た気になって
結局矢は奴らに刺さらなかった
イヴニング・モーニング
自由とはなんだ
星空も青空もうつろな顔で見上げた
人生はつかのま
つかんだのはプライドか
歩んできた道
血反吐が出、斑爛として地に散る
ランキング・ワーニング
そんな人生 こんな人生
私のランキングは何位だろうか
チャーミングなワンピースをまとって
ランラン踊る私は正常と幻想の狭間
こうしていつまでも夢想家
まあそうだな 頑張った
さようなら もういっか
マイクテス マイクテス
今朝は晴天なり 今朝は晴天なり
了
参考・一部引用
・「青空しんこきゅう」フックブックロー
・「さよーならまたいつか!」米津玄師
・「シャボン玉」モーニング娘。
・ha|za|ma
「私の〇〇ランキング」ⅰ
今週のお題「私の〇〇ランキング」
〇〇系のお題は穴埋めのセンスが問われるので難しいですね。
いろいろ考えてみましたが(2分くらい)、テーマは「私の”よくつく嘘”ランキング」にしてみました。
私のよくつく嘘ランキング、すなわち、さりげなくつきやすい嘘ランキングとも言えます。
嘘をつきたい方、嘘をつくのが好きな方、ご参考になれば幸いですが、たぶんあまり参考になりません。
あと、頻繁に嘘をつくと信用されなくなるので、嘘はあんまりつかない方が良いと思います。
なんて前置きはさておき、早速ランキング発表に参りましょう。
この手のものは焦らせば焦らすほどつまらなくなりますから。
✨第3位「誕生日」
誕生日は非常にハードルが低く、初心者の方にもおすすめできる嘘だと思います。
わたしは何故か、人の誕生日を覚えるのが得意です。
が、たまに何度聞いても覚えられない人もいます。
興味の有る無しではなく、頭にスッと入ってくるかどうかです。
その人のイメージと合わなかったり、数字の並びがしっくりこないときなどは、覚えづらいというか、たぶん覚えられないんだと思います。
好きな人でも、覚えにくい人はいますし、頻繁に連絡を取る仲でもない知り合いの誕生日を、一度で覚えてしまうこともあります。
実は本人に連絡をしていないだけで「今日は〇〇さんの誕生日だなあ」と思い出すこともあります。
そんなわけで、大して話すこともない職場の人の誕生日なども覚えてしまっているので、休みの日にわざわざ連絡するほどではないけど、当日顔を合わせると、なんとなく「お誕生日おめでとうございます」と言ってしまうのです。
「なんで知ってるの!?」という反応が大概ですが、社交辞令とは面倒なもので、「あなたの誕生日はいつ?」と律儀に聞いてくれる人もいます。
断言します。
99%忘れられます。
これは悲しいとかではなくて、「聞いたなら覚えろ」という方が酷というものです。
そもそも私の「お誕生日おめでとう」は祝いたい・祝われたいの次元にはなく、あなたのお誕生日は覚えていますよ、という開示に過ぎません。
私自身、興味の有無、好き嫌いで誕生日を暗記しているわけではないので、どれだけ相手のことを慕っていても、誕生日を忘れてしまうことはあります。
致し方のないことです。
その場で手帳にメモをしてくれたとしても、当日は基本連絡はないと思っていた方が賢明です。
そんなわけで、私は回答を濁しつつ適当に流しています。
しかし、どうにも逃げ場所のない方向へ会話が流れた場合は、適当な日付を言っておきます。
言った本人も誕生日を教えたことを覚えてないので、何月何日を答えたのかなんて覚えてません。
殊更人の親切心からくる社交辞令を無碍にしたいわけではないのですが、実際、誕生日じゃない日に誕生日を祝われたことはないので、罪悪感はないです。
ちなみに、嘘の誕生日を教えるならおすすめの日付ランキング堂々の1位は、「2月30日」です。
「え?」と聞き返してきた人には、社交辞令以上のものを感じるので、正直に謝って正直に教えます。
他人の誕生日の価値って、そんなもんです。
✨第2位「名前」
思いの外3位が長引いてしまったので、駆け足で参りましょう。
名前です。
名は体を表すなんて言いますけども、結構適当こいても大丈夫なんだな、というのが名前で嘘をつき続けてきた人間側の感想です。
基本的には、街で声をかけてきた人やアンケートに捕まったときには、その場で浮かんだ名前を適宜答えてます。
あとはファミレスなど、順番待ちのプレートには共通の知人の名前を拝借します。もちろん本人は不在です。
誰もその名前で呼ばれ慣れていないので、普通に聞き逃して店員さんに迷惑をかけないよう、注意しましょう。
あと、LINEの名前はわざと誤解を招くような名前にしています。
なんと今までガチで引っかかった人が数名いるので、やめられなくなってしまいました。
忘れた頃に引っかかる人が現れるので、たぶんやめません。
あまりにややこしいので、人のスマホで私のトーク画面を見ると名前を修正されてることが多いです。
✨第1位「年齢」
映えある1位は、「年齢」です。
(冒頭で述べた通り、2分くらいで構想を練ったのでこのランクになっていますが、よく考えると2位と1位は逆だったかもしれません)
私は良いのか悪いのか、年齢不詳なんだそうです。
何度か実験と友人調査を経て、プラスマイナス10歳はサバが読めるな、と確信しました。
我ながらすごいと思うのは、プラスもマイナスもサバが読めるところです。
すごい老け顔、すごい童顔、というわけでもないので、おそらく服装や行動、立ち居振る舞いや言動などで年齢を推測・判断されています。
見た目ではない、というところが良いのか悪いのか、の所以です。
統計的には、年下に見られることが多いので、立ち居振る舞いや服装は若いのだと思います。
ただ、少々思想が強い点と、達観というよりは諦めが滲み出てしまっているので、年上に思われることがあります。
要するに、大人っぽいとかではなく、フレッシュさが歳の割にない、という理由で年上に見られています。
基本的に自分から歳をサバ読むときは、下に設定しています。
今でも居酒屋のキャッチは「未成年なので…」でかわしています。
大学生のときは、バイト先の現役の高校生に「わたしも高校生だよ〜」面で半年以上会話を合わせていました。
「あ、これ絶対高校生だと思われてるな」と確信していたので、のらりくらり話を多少合わせていたら、バレませんでした。
辞めるときに「学校卒業するんで」と伝えたら、「大学すか?」と言われたので、「新卒で就職っすね」と答えたときの顔は忘れられません。
ごめんね、若き青年。
私は君と出会った時点でお酒も煙草も嗜める年齢でした。
そんな感じでまあなんでしょう、どちらに見られていたかはさておき、実年齢を言うと「そうなの!?」と言われることが多いです。
「じゃあいくつに見えた?」という話なのですが、大体しばらくの沈黙のあと、実年齢を言われます。
なんやねん。
以上、「私の”よくつく嘘”ランキング」でした。
みなさんもぜひお試しあれ^_^
「防水グッズ」ⅱ ?
今週のお題「防水グッズ」
今回の創作は、実話のような、湿度の高い話。
「わたし、噴水って好きなんです」
「ぼくもです」
その日は朝から雨が降っていた。
どうやら雨が止んだようだ、と、一通り回りきってしまい、「これからどうしようか」と焦りつつあった私は、逃げるようにショッピングセンターを出て観光地を巡ることにした。
たたんだ傘を右手に持っては左手に持ち替え、落ち着きもなく、ひたすら会話の糸口を探す。
水の止まった噴水を見つけたのは、その道すがらだった。
「噴水は、なんとなくの仕組みは理解できるようになったけども、それでもやはり不思議で、なぜか見入ってしまう」というような話題を絞り出し、早口で喋った。
彼は思いの外、私の話を聞いてくれていて、思いの外、噴水の話に共感してくれた。
調子に乗った私は、「噴水といえば、三島由紀夫の『雨のなかの噴水』という短編が好きだ」と言った。
「どんな話ですか?」
と、思いの外、彼が興味を持ってくれたので、えーと、えーと、とできるだけわかりやすく端的に内容を要約して口から出た言葉は、
「こじらせた男の子が、別れ話でカッコつけようとしたら、女の子の方が一枚上手だった話、です」
だった。
「おもしろそうな話ですね、読んでみようかな」
と優しく返事をする彼の横で私は、「初デートで紹介する小説ではなかったな」と、穴があったら入りたい、水があったら飛び込みたい、という感情に苛まれていた。
幸い、噴水の水は止められていたので、水にダイブすることは免れた。
その後、なぜか三島由紀夫の短編小説、つまり「こじらせた男の子が一枚上手な女の子と別れ話をする話」をきっかけに会話に弾みがついた。なんと彼の方から「東郷平八郎があのとき賭けに出なかったら、ロシアが逆の動きをしていたら、歴史は大きく変わっていただろう」ということを熱く語ってくれた。
この日を境に、私は東郷平八郎と丁字戦法にだけ超局所的に心が熱くなる体質になった。坂の上の雲で熱狂し、ミリオタのような相貌で戦艦三笠の展示を隅々までみて目を輝かせる呪いがかかっていて、呪いはいまだに解けていない。
この日は三笠の入場時間が終わってしまっていた。ほとんど時間潰しのお散歩観光だったので、展示がみられないことはそこまで気にしていなかったのだけど、三笠の前に立っている東郷平八郎の銅像を「これがあの、日本の、いや世界の歴史を変えた東郷さんかあ」と、気の引き締まる気持ちで見上げておいた。すでに呪いの渦中である。
三笠公園を出てしばらく歩いていると、止んだはずの雨が再び降ってきた。
といっても、傘を差すほどではなかったし、なにせ何気ない会話すらおぼつかない相手との初めてのデートである。相合傘なんてもってのほか、ましてやそれぞれが傘を差してしまうと、ますます話せなくなってしまう。
せっかく三島由紀夫と東郷平八郎が会話を繋いでくれたのに、それではあんまりではないか。
ということで、わたしは
「まだ降ってるとはいえないレベルですね」
と、「この程度の雨でわたしに傘を出させようなんざ、ちゃんちゃらおかしいワね」作戦に出た。元々ちょっとやそっとの雨では傘を差すタイプではなかったので、嘘ではない。
だが、相手を気遣うよりも「もっと話していたい」気持ちと、「空気読めよ、雨」の気持ちがつい先走ってしまった故の、若気の至りである。
唯一私の計算違いがあったとすれば、相手もできるだけ傘を渋るタイプの人間だったことだ。そんなわけで、表向きでは会話すらままならない初デートという状況ではあるものの、水面下では
「ふゥん、貴様はこの程度を雨とみなすんだな」
という、傘を差した方が負け、のような無意味極まりないバトルのゴングが鳴ってしまったのだ。
1キロは裕に歩いた。お気付きだろうが、もう小雨なんてレベルはとうに過ぎ、立派に雨が降っていた。それも割と本格的な雨である。
道ゆく人はみな傘を差している。わたしたちも、傘を手に持っている。しかしその傘は閉じられたままである。傘を持っているのに頑なに閉じたまま濡られている我々を、不思議そうに見、すれ違う人たちはみな、抜かりなく傘を開いて使っていた。
1人だったらとっくに傘を差すほどのガチ降りだが、完全にお互いタイミングを失っていた。こんな勝負じみたことを暗にしているが、元はといえば会話さえ苦労している関係の2人がついにこぎつけた初デートである。気心知れた同士であっても会話が滞るであろう状況下で、
「傘、いいかげん差しましょうか」
とは言い出せないのである。
結果、「もう少しお話ししていたいナ……」という淡いわがままと、ほんの少しの意地が
「まだ差さないでいけますかね」
「ですね」
を苦し紛れで繰り返す空間を生み出してしまった。
東郷平八郎よ、わたしは賭けに負けたのでしょうか。
「まだ差さないでいけますかね」
「ですね」
を、すでに3回ほど繰り返したあたりで、とある公園に着いた。
雨のせいか、人が全然いない。
お互いもう濡れることに慣れてきたので、健気に咲く花々をじっくり見て周り、愛で、感想を言うまでの余裕が備わっていた。
そこには、噴水もあった。
「雨のなかの噴水、ですね」
「ですね」
と、ここにきて先ほどの三島由紀夫が再び手を貸してくる。
なかなか良い雰囲気ではないか。
ドシャ降りの中、傘があるのに使わない、という共通の戦い、いや、もはや己との戦いを共にしたこともあり、2人の間の空気もだいぶ柔らかくなった。まだ敬語は抜けてないけど。
完全にブーストがかかり、「オレたちまだまだいけるゼ!」という謎の上昇思考で降りしきる雨の中、フランス式花壇を鑑賞していく。
「花びらに水が滴ってて、これはこれで美しいですね」
「ですね」
ああ。水も滴るフランス式花壇。水も滴るいい男。と、1人有頂天になっていたところで、東屋を見つける。
洋風あずまや、というらしい。あずまやはなぜ東なのか。洋風でも中華でも韓流でも、大体密告シーンだったり、そこまで険しくなくても、秘密を打ち明けるのにうってつけの東屋。
吸い寄せられるように洋風あずまやに入る2人。もちろん、傘は閉じたまま手に持っているだけなので、たたんだり、バサバサしたりは、しない。
イイ感じのあずまやで、イイ感じになってきた若い2人。どう見てもイイ感じである。
「素敵なところですね。来て良かった」
「僕も。そう思います」
正真正銘イイ感じ。
もう2人に会話などいらない。
顔を見合わせるだけで、同時に洋風あずまやから出ようとする。
わたし、なんだかんだで、イイ感じです。
と、あずまやから勇気の一歩を踏み出した。
と同時に、傘を差した。
完全に無意識でした。イイ感じに気を取られ、すっかり傘我慢のことを忘れていたし、いやそもそも傘我慢ってなんだ、どう見ても雨が降っていたので、屋根から出る時に体が勝手に傘を開いていました。だって差せる傘を手に持っているのだから。
「あ、」と声が出たとき、隣からも似たような声がした。見ると、彼も傘を開いていた。
「いや、さすがにこれは、雨、降ってますよね」
「ですね」
当初懸念していた、傘があることで距離がひらいてしまうこと、加えて自分で招いた意固地とコミュ障に対する自己嫌悪が見事に絡み合い、イイ感じだった空気はいつの間にやら姿を消してしまった。
わたしが東郷平八郎でなくてよかった。
あと、三島由紀夫、書くなら別れ話じゃなくて付き合う話にしてほしかった。
などという八つ当たりを濡れた服の不快感と後悔と嫌気の満ちた傘下、文字通りの傘下で考えていた。
朝から気合を入れてセットした前髪から垂れた雨粒が、頬を伝った。
こんなのは、降ってるうちに入らない。
了
「防水グッズ」ⅰ
今週のお題「防水グッズ」
私は、一時期雨対策ガチ勢でした。
少しでも雨の予報があると靴はレインシューズになり、「どっからでもかかってこい」なカッパの装備になります。
現在はというと、当時から使っている日本野鳥の会の長靴とポンチョ型のカッパ装備くらいなもので、ガチ勢の名残程度になりました。
このように書くと、ガチ勢時代の装備と現在で、さほど差はないように見えますね。
ですが、当時(2021年頃)の私は病的に雨対策に執着していました。
もちろん、雨というのはこちらの都合にかかわらず降ります。
遊びの日でも、祝いの日でも、仕事の日でも、です。
そのため、仕事の日でも雨が降るとフル装備で出勤します。(降るとフル装備…)
当時と今でも共通していることなのですが、私は基本的に傘の防水性を信用していません。
風が吹くとお釈迦になりますし、なんとか持ち堪えても、雨の横殴り攻撃には歯が立ちません。
靴もです。
どれだけ気をつけても、傘の防御力では先端が濡れてしまいます。
ですから、カッパと長靴は外せません。
カッパがあれば、傘の得意分野である頭上以外からの攻撃にも対処できます。
長靴があれば、傘やカッパを荷物に全集中させることができる上、水たまりトラップにハマっても、痛くも痒くもありません。
足に気を配らなくて良い、すなわち、限られた傘の防御力を最大限に発揮することが可能になります。
濡れた服が体にまとわりついたり、いつまでも靴下がジメった状態が、いかに1日を不快にするか、経験したことのある方はおわかりいただけるでしょう。
そんなわけで、私は雨の日は躊躇いなく大袈裟な長靴を履きます。
し、カッパだって着ます。
その上で、傘を差します。
というのを、会社員時代にもやっていたので、当時の先輩や上司からは「雨の日にすこぶる荷物が多い新人」として認識されていました。
証拠として、数年後にその職場の人と雨の日に会うと「今日は軽装備だね」と言われました。
雨の日は仕事用の靴を持って出勤し、出勤したら靴を履き替え、脱いだ長靴とカッパをしまって、ということを小雨でも欠かさずやっていたので、そう思われるのも無理はないですね。
加えて、当時はいつ雨が降ってもいいように毎日ポンチョのカッパをかばんに忍ばせていたので、どれだけ急な通り雨にもカッパを装備できるようにしていました。
さらに、万が一濡れたときのために、替えの靴下も入れていました。
病的なまでの雨対策への執着。
今はさすがに折り畳み傘を常備する程度で、カッパの携帯はやめました。
そして、こんなに傘への信頼がない私ですが、現在毎日持ち歩いているものも、傘です。
それも長傘です。
以前は絶対に忘れるから、という理由で長靴&カッパスタイル+折り畳みスタイルが定着していました。
ですが今は雨対策よりも紫外線対策への熱量が高まってしまったため、日傘兼用の長傘を基本的には携帯しています。
なので、晴れていても、雨が降っても、傘を差しています。
皮肉なことです。
とはいえ、太陽光は上からの攻撃が主なので、傘を盾の主戦力にするのは理にかなっていると思いませんか?
敵は風だけです。
日除け対策としての傘の株は上がったものの、やはり雨対策としては心許ない。
そんなわけで、今は日傘兼用の傘を持ち歩き、雨の日は長靴とカッパ、という軽装備に落ち着きました。
そしてなぜかカバンの中にもカッパの代わりに折り畳み傘(しかもこちらも晴雨兼用)が常に入っています。
このように、まあまあ各種カッパや長靴など、防水グッズを試してきました。
どれもこれもトレイル用などではなく、日常の雨に対してのみですが。
結論として、ワークマンのカッパは安くて丈夫でとても良いです。
3種類ほどのカッパを使い分けていますが、どれもワークマンで購入しました。
そして、長靴です。
こちらは、日本野鳥の会の長靴がベストです。
脱ぎやすいんです。
かかと部分のひっかけ部分があるのとないのとでは、全然脱ぎやすさが違います。(とくに柔らかいタイプの長靴は)
ドシャ降りでない日は、ワークマンの短めのレインシューズを使っていた時期もありましたが、酷使しすぎてボロボロになってしまったのを機に、野鳥の会ひとつで勝負しています。
一応、長靴ではないものの防水グッズとして、ワークマンの防水ランニングシューズ、こちらは愛用中です。
降りそうだな、という日に履いておくと安心です。
ちょっとやそっとの雨であれば無傷で生還できます。
しかし、確実に降られることがわかっている日は、長靴が賢明でしょう。
最近は、モンベルの傘帽子みたいな帽子を買いました。
お気に入りです。
元ガチ勢として言えることは、「風が強い日は傘がなくても濡れない装備で挑め」ということです。
傘は飾りです。
あるいは、日除対策のためにあります。
さて、ここまでお読みになった方は、さぞ雨が嫌いなんだろうな、とお思いかもしれません。
実は濡れるのが嫌いなだけで、雨は結構好きです。
雨音に耳を澄ませる風情も持ち合わせています。
むしろ、絶対に濡れない、という自信があるからこそ、雨を楽しむ余裕が生まれる。
そう思っていただきたいです。
ちなみに、濡れるのが嫌いだと申しましたが、趣味はプールと温泉です。
ようはマッパで街歩けるなら防水する必要ないよねってことです。
服とか荷物とかを濡らしたくないのであって、すぐシャワー浴びれるならショーシャンクみたいに雨を浴びたいです。
そんな感じです。
以上「防水グッズ」でした。
「最近、初めて〇〇しました」ⅱ
今週のお題「最近、初めて〇〇しました」
「最近、初めて”お参り”しました」
俺は動揺した。お参りもしたことがなかったのか。
突然やってきたこいつは、どうやらかなり変わっている。
ある日、玄関の扉を開けるとこいつがいた。
「ごめんください、右も左もわかっていないので、行くところがありません。親方、ここに置いていただけませんか」
妻を亡くして2ヶ月が経とうとしていた頃だった。2人で過ごした家は、1人では広すぎて、いい加減慣れないものか、と苛立っていた頃でもあった。
いかにも訳ありで、金のなさそうな、みすぼらしい格好をした青年だった。よれよれの布に身を包み、裸足で突っ立っている割には、清潔感があり、そしてどこか悟った目をしていた。
今思うと、どうかしていた。
けれど、淋しさにつけ込まれて、というより、空いた穴にすっぽりとおさまるように、そいつを家に住まわせることにした。そうする他はない。有無を言わせない圧があった気さえする。
こいつは特にわがままも言わず、ただ家に居ついた。
多少世間知らずなところはあるが、若者はそういうものなのか、と特に気にしていなかった。
しかし、お参りもしたことがなかったとは。
「奥様のお墓参りの前に、お参りを経験しておこうと思いまして。初めて自分の足でお寺に行きました。なかなか新鮮でした。」
日本にいて、この年までお参りをしたことがない奴もいるもんなんだな、と軽く納得しかけてしまった。いかん、こいつのペースに流されている。
「その、別の宗教を信じているとかではないのか」
「はい。ドンピシャでこの宗教です」
わけがわからない。宗教における「ドンピシャ」とは、何のどの程度を指すのだろうか。
「お前は本当に不思議な奴だ。まるで最近この世にやってきたみたいだ」
「ふふ、右も左もわからない、ただの若造です」
湯呑みの湯気の隙間から見た奴は、初めて会ったときと同じ目をしていた。
「僕は強いですよ。絶対に負けません。」
と、めずらしく奴が強気だったので、こちらも負けじと勝負をすることにした。
俺は、縁側で何度も腕を組んではまた、頭をかいてばかりだった。
駒の音が庭によく響く。
「王手です」
奴が得意げに言う。これで0勝3敗である。
宣言通り、奴は強かった。こいつは一体、何手先まで見えているのか。
ここらでは負け知らずでかなり自信のあった俺でも、まったく歯が立たなかった。
「親方と将棋を指せるなんて、ここに来た甲斐がありました」
容赦なくぼこぼこにしておきながら、そんなことを言う。
「いつも言っているが、その、親方って呼び方はよせ。性に合わない」
俺の言葉には耳を貸さず、満足げに微笑んでいる。
「僕は一度も負けたことがないんです」
「それはすごいな。極めればプロの道もあっただろうに」
奴はにこやかに首を振った。
「僕には、本職があるので」
「本職?」
ただの若造が何をやっているというのだろう。
「基本的にはお寺で将棋を指しているだけですが、たまにこうして」
そのとき、音がした。何かが倒れた音だ。倒れたのは、仏壇に飾っていた妻の写真だった。
「たいへん、たいへん。僕が直してきます」
いそいそと和室に向かい影になっていく奴の背中を目で追う。
ああ、どうしたものか。
倒れた写真を直し、またいそいそと縁側に戻って、奴は言った。
「もう一戦しますか?」
「いや、もう勘弁してくれ」
ちらりと妻の写真に視線をやる。
「参りました。」
そこには微笑があった。彼はまた、悟った目をしていた。
了
