今週のお題「お弁当」
「ウソやん」
思ったより大きな声だったらしい。前の席の女の子がこちらを振り返ってきたので、片手をあげてペコペコとごめん、の意思を伝える。
私の机には、おかずが彩り良く敷き詰められたお弁当箱が2つ並べて置いてある。いつもは上の段におかず、下の段にごはんが詰められているのだが、今日に限っては上も下もおかずがぎゅうぎゅうに入っている。
もしや、と思ったと同時に、スマホが急かすように震えた。
「姉ちゃん」
「お弁当どうなってる?」
「ちなみにオレの」
3つの吹き出しのあとに送られてきた写真には、白いごはんが2つ並んでいた。…あかん。
「こうなってるわ」
こちらも目の前の状況を撮って送る。まあ、あたしの方がマシやな、と思っていると、
「オレのほうがつらいやん」
という返信がきた。かわいそうな弟、こんなときでも姉に負けるとは。日頃の行いの差ちゃうん、と文字を打っていると、
「カモイさん、おかずいっぱいやね」
スマホから顔をあげると、先ほど振り返っていた前の席の女の子が今度は身体ごとずらしてこちらを見ていた。
「あー、弟が、おんねんけど、おかずが全部こっちきて、ごはんが全部あっちいったみたい」
「そら災難やね」
そうなんよ、とため息をつく。
「でも弟くんの方が災難やね」
…ドンマイ、弟。
エビハラさんは、小柄で、目がくりくりしてて、髪の毛がなんかフワフワしてて、たぶんなんかいい匂いがして、とにかくかわいらしい女の子っぽい女の子だ。プリントを受け取って後ろにまわす指先の白さ、細さをつい目で追ってしまったことがある。もし自分の手があの子の手だったら、と想像してみたが、すぐにボールで突き指をしそうだな、と予想がついて、諦めた。諦めるもなにも、あの子の手にはなれないのだけど。
エビハラさんがエビハラで、あたしがカモイでよかった、と思う。出席番号が逆だったら、エビハラさんがカモイであたしがエビハラだったら、エビハラさんはあたしの背中で隠れてしまうだろう。もしそうだったら、授業中も黒板が見えているか気にしちゃって、お互い大変だったろうな。
「なあ、私のごはんとカモイさんのおかず、交換せえへん?」
へ、とも、え、とも取れる返事を聞く前に、エビハラさんは白いごはんの入ったタッパーをあたしの机に置いた。
「私も今日ごはんしか持ってないねん」
エビハラさんのお母さんもやらかしたん?ときくと、うちはお母さん料理しないから、と言った。
「今朝なー、なんか全部めんどくさくなって、炊飯器の中のごはん全部詰めてきたんよ、せやから今日ごはんしかないねん」
たまにそういう日がくるらしく、おかずがなくても山盛りのごはんさえあれば、とりあえずお腹は満たされるのだそうだ。
「エビハラさんて意外と大胆やな」
そーかなー、と言いながらエビハラさんはタッパーを開ける。
「一合まるまるつっこんできたんだけど、半分くらいでええ?」
「ええです、十分すぎるくらいです」
ありがとう、とエビハラさんの華奢な手からタッパーのフタにもりもりと分けられたごはんの山を受け取る。じゃあこれ、と本来は弟のおかずになるはずだったものを差し出す。
「わー、ありがとう。カモイさんのお母さんめっちゃおいしそうなお弁当つくるなあ」
「おかずとごはん間違えるけどね」
そんなん、と目を輝かせながら「そのおかげで私も食べさせてもらってるから有難いくらいやわ」とエビハラさんは言った。弟くんには悪いけどなー、とだけ付け加えて、いただきます、と手を合わせた。
「エビハラさんってなんて呼ばれてる?」
卵焼きをまじまじと観察していたエビハラさんは、「ちづっちゃんって呼ばれるかなあ、チヅルでもええよ」と答えてから卵焼きをほおばり、笑った。
「ちづっちゃん、なんかええなあ、好きやわあたし」
「せやろー、私も気に入ってんねん。トモカはともかって感じやね」
なんやそれ、と言いながらわけてもらったごはんに手を伸ばす。おいしい。
そういえば、と弟にメッセージを送りかけていたことを思い出す。途中まで打っていた文字を消して、「姉、ごはんゲット」とだけ送った。即座に既読がつき、返信がきた。思わず吹き出す。
「弟な、じゃんけん負けてふりかけもらいそこねたんやって」
「とことんついてない弟やなあ」
帰ってから弟に文句を言われるのは目に見えている。さすがにかわいそうなので、かわいくておもろい友だちもできた、ということは黙っておくことにした。
了